校長の言葉

聖ドミニコ学院中学校高等学校

校長 柚木洋子

万軍の主よ、あなたの住まいは何と麗しいことでしょう。
わたしの魂は主の庭を慕って絶え入るばかり、
わたしの心と体は生ける神に向かって喜び叫びます。
幸いなこと、あなたに寄り頼んで奮い立ち、
巡礼を志す人は。
彼らは乾いた谷を通り、そこを泉に変え、
初めの雨が谷を祝福で覆います。
彼らは高みから高みへと進み、
シオンにおいて神とまみえます。
(詩編84・2+3,6~8)

「乾いた谷」でいくつかの巡礼路が一本になり、都の中に通じます。旧約の時代、イスラエルの民が9月から10月にかけて行われる幕屋祭の時に巡礼に出かける理由の一つは、長い夏の日照りの後の雨乞いだったようです。高い地点から次の高い地点に進むに従って、エルサレムがだんだん近くに見えてきます。

巡礼とは、日常的な生活空間を離れて、聖地に詣で、聖なるものにより接近しようとする行為といわれます。巡礼の旅の目的は、祈願であったり、贖罪であったり、浄化であったりしますが、そこで期待されることは「変化すること」です。巡礼者の道程は、この世の道程ではなく、この世と聖なる世界とをつなぐものと言えるでしょう。

現代の巡礼はエコロジーや健康ブーム、若者にとって遠足の側面もあります。巡礼のオーガナイザーによる「巡礼のための12戒」を紹介します。
1 快適さ・親・家から離れなさい。
2 約束の場所には、遅れず、元気に来るように。
3 みんなと仲良く、おだやかに。
4 宿泊施設では迷惑をかけずに。
5 外国では、その国の人のやり方を尊重しなさい。
他に「仲間と一緒に慎ましく祈ろう。人の世のことは、みんな主に預けてしまおう。」「一人になりたいときは一人になればよい。信仰は沈黙の中で熟するものだ。」「終わったら、信仰の燃える輝きを謳うためにうちに帰ろう。」とあります。(竹下節子『奇跡の泉ルルドへ』)

何やらコロナ禍を過ごす私たちにも当てはまるようです。コロナ禍はいつまでも続くものではありません。私たちも人生という巡礼路を希望をもって歩みましょう。